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2025年4月20日人生のスクリーンタイム
いつも何かとありがとうございます。先日お招きいただいたある祝賀会にて、ご来賓の国会議員の方がスピーチで引用されていた統計がとても興味深かったので調べてみました。人生の時間についての考察です。日本人の平均寿命は84歳ですが、晩年までの10年間は体力の衰えや、場合によっては寝たきりといったふうに一定の制限下に置かれると仮定し、実質的な健康寿命はマイナス10年という前提で人生の時間について考えてみます。人生の総時間は、24時間×365日×84年間で736,000時間です。1日8時間睡眠をとると、8時間×365日×84年は245,000時間となり、人生のうち28年間は眠っています。次に幼稚園から大学までの19年間の教育は、7.5時間×245日×19年間=35,000時間で約4年間、就職して週休二日で1日9時間勤務を40年間続けるとすると約11年間は仕事をしています。睡眠、教育、仕事、この3つで約43年間です。では残りの時間は自分の時間かというとそうではなくて、細かいところまで見ていくと、通学や通勤に1.5年、食事は5.5年、家事が7年、女性はお化粧に1.5年、そしてトイレに1.5年。睡眠、学校、仕事、そして、これらのエッセンシャルな行動に要する時間の合計17年をあわせますと実に60年にも及びます。健康寿命が74年ですから、自分の時間はわずか14年しかないということになりますね。さらに、自分の時間といえど、飲み会や買い物などのように自由にならない時間もこの中に含まれ、さらに現代ではスマホ依存で目的もなく眺めている時間も浪費していますから、人生において本当に自由になる自分の時間というのはほんの数年しかないということです。あくまで統計の一つではありますが、実際の自分自身に当てはめてみても、あながち的外れではないと感じます。確かに、時間がない、時間が無いと、いつも切迫感や焦燥の中で日々を過ごしていて、デジタルの常在により情報があふれていることも次から次へとやるべきことが押し寄せてくる現代感につながっているのだろうと思います。こうやって現実を目の当たりにすると、あわてて時間の使い方について考えさせられます。人生においては息抜きも必要なのですが、見方によっては人生にアイドリングタイムはないというのもまた現実なのだと改めて思い、「今」この刻々を大切にしようと思います。稲盛さんの「100m走のスピードでマラソンを走る」という言葉が思い出されました。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2025年3月30日自分を変えていくこと
いつも何かとありがとうございます。忙しい毎日を送っていたり、色々な重圧の下で自己との対話を通じた学びに身を置いていると、気付かないうちに感覚が麻痺してしまうことがあります。その感覚の麻痺というものは、自分にはできるという慢心の中でもしばしば起こります。自分を変えていく。この自分とはボク自身のことです。環境は心の影、自分の心のあり方が目の前の環境をつくっている。これは私が事業を継承した際に、苦難や困難が続く中で毎日のように反芻して自分に言い聞かせていたことです。盛和塾で薫陶を受けた稲盛和夫塾長からも、会社は経営者の器の大きさを超えることはないと教わりました。前だけを見て高みに向かって必死に走り続けてきたつもりでしたが、気付かないうちにその自分に向けていたストイックなまでのモノサシを周囲の人たちにもあててしまっていたと思います。そのモノサシは、いつしか会社のモノサシになっていました。この数日、あらためて自分がどんな会社を作りたいのか考え続けました。(昨日は考え過ぎて39度近い高熱にうなされ💦)人が本質的に幸せを感じるのは次の四つだと思います。一つ目、愛されること二つ目、褒められること三つ目、人の役に立つこと四つ目、人に必要とされること100点を基準にしたモノサシでは50点の人が60点を取れるようになっても、それは50点不足していたものが40点の不足になっただけにしか計れませんから、その10点分の努力を褒めてあげることができません。この盲目の現象は仕事において、自分にはできるという慢心からも生まれます。人にはそれぞれ現段階があるはずなのに。その人その人の「現段階」を知るということは、その人に興味を持つということそのものです。それがない環境では、この人はできるけれどあの人はできないというレッテルが出来上がってしまいます。ボクが作りたい会社はそうではない。50点の人と60点の人でその人の優劣が決まるわけではなく、ただその能力によって持ち場と立場が異なるだけです。一人一人に一対一で興味を持ち、その人が100点中の何点かではなく、その人の「現段階」を知る絶対的なモノサシを大切にする環境を創りたい。その思いを持ち合わせていれば、50点の人が60点を取れた時には自然と褒められるし、また、その思いを持ち合わせているからこそ、50点の人が60点を取ろうとしている努力に気付くことができ、心から応援しようという思いになるのだと思います。思いが変われば行動が変わります。行動が変われば成果が変わります。だから、ボクは自分を変えていく。ボクが目指す会社は、目的に向かってみんなが同じベクトルで努力できること、そして、足りないことを指摘し合うのではなく、できたことを称賛し合う中で人間力が磨かれていく会社です。美点凝視を推し進めようという宣言ではありません。素直に心から仲間に感謝に気持ちを伝えることができる、仲間を思い、敬意を抱くことのできる、それが自然とそこに在る会社の風土を作りたい。社内にホスピタリティーが生み出せないのに、お客様へのサービスにホスピタリティーが提供できるはずがありません。大切な仲間の力を借りながら、これから一気に会社の風土をもう一段上へと高めていきます。環境は心の影、自分が変われば会社は変わる。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2025年3月16日共感力
いつも何かとありがとうございます。京都も其処此処で梅の見頃を迎え、数日おきの寒暖を繰り返しながら、いよいよ季節は春に向かっています。この時期、学校の前を通りかかると卒業式の光景をよく目にしますが、思わず目が潤んでしまいます。見ず知らずの人の卒業に共感する、共感できる、ということ。それは、自分がこれまでに経験した卒業にまつわる様々な出来事や思いなどを重ねているからだと思います。ボクは「感動」を自分のライフワークの一つにしています。人が能動的に行動するためには、その前に必ずポジティブな心(感情)の動きがあるものです。逆に言うと、感情(本心)が動かないと、その行動は能動的なものではなく、受動に寄った根拠に基づくものとなります。受動に拠る行動というものは、残念ながらその成果は半減してしまいますから、ボクはやるからには能動でありたいし、あってほしいと思っています。そして、ボクは自分自身の判断や行動についてよく考えるために、「能動」と「受動」、「主体」と「客体」というふうに、常に絶対軸と相対軸の両方で考えることを習い性にしてきました。今日は、ボクのライフテーマである「感動」について少し書いてみたいと思います。人っていったいどんな時に「感動」するのだろう。この深遠なテーマについて、たくさんたくさん考えて行き着いた答えが、驚き、共感、尊敬。平たく置き換えると、予想を超えるような(驚き)、めっちゃわかるぅぅ(共感)、すごすぎる!!(尊敬)です。そして、この三つの中から、今日は「共感」について深堀りしてみます。先日読んだある経済誌のコラムによると、人の気持ちを理解する、相手の気持ちを読む力(共感力)の上昇は48歳でピークを迎えるそうです。あくまで伸長がそこで留まるという意味で、そこから先、それを持続するか下降を辿るかは本人次第です。だから、48歳までにできるだけ伸ばしておくほうがいいという結びでした。その説に照らすとボクはもう伸びきった状態ということになるのですが、仮にそうだとしても、ボクは現在の自分の共感力をここまで育んでいただいた両親や祖父母、家族、先生、その他にも多くの人たちに感謝するばかりです。誰かの「思い」に共感するには、同様の、あるいは同等の「思い」を経験していなければなりません。例は枚挙にいとまがありませんが、自分が頑張ったことのある範囲でしか誰かの頑張りを分かってあげられませんし、喜び、楽しさ、苦しみ、努力、他にも、自分が経験していることにしか本当の「共感」はありません。今の自分の苦しみと同じ経験をしたことのある人の言葉だから「共感」できる、そのたいへんなことの先にある喜びを経験したことのある人とだからこそ、本当に一体となって喜び合える。ボクはそう思うんです。ボクは両親や先生方にたいへん厳しく育てていただきましたし、社会人になってからも、上司や先輩からは本気の頑張りというものをしっかりと教えていただきました。振り返ると、苦しみの涙も、喜びの涙も、たくさんたくさん経験させていただいてきた半生です。誰かが苦しい時、くじけそうになった時、それをやり遂げたことのない人に相談しても、「できない理由」が返ってくるだけでしょう。強い意志で頑張って乗り越えてきた人だけが、誰かのそのたいへんな頑張りに「共感」することができ、その背中を押すこともできるのだと思います。ボクのライフワークは「感動」です。そのための共感力を保ち続けるためにも、何歳になってもたくさんの一生懸命を経験し、チャレンジを止めず、自分を磨き続けてまいりたいと思います。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2025年2月17日京都マラソンで教えられたこと
いつも何かとありがとうございます。昨日、京都マラソン2025に参加してきました。雨予報も何のその、そこはスーパー晴れ男のボクですから、雨は前夜のうちに上がり、気温は10℃前後、湿度も高くない最高のコンディションの下、無事けがもなく完走することができました。タイムは4時間54分38とサブ5も達成することができ、大阪マラソンを走った40代の記録を50歳になった今40分ほど縮められたことは自信になりました。京都マラソンにエントリーしたのは伝えたいことがあったからです。ボクは人には誰しも無限の可能性があると信じています。全員が素晴らしい個性や豊かな人間性、そして、大きな可能性を持っていながらも、やったことがない、しんどそう、失敗したらいやだといったネガティブな心理から逡巡してチャレンジできないことは多いと思います。走ることが趣味というわけでも、特別運動センスがあるわけでもないボクが、頑張って練習すればフルマラソンを完走することだってできる。できないことは一つもない、せっかくの自分の可能性をもっともっと信じて色んなことに挑戦してほしいという願いから、ボクの頑張りがわずかでも誰かの背中を押す一助になればと思っていました。勉強も、仕事も、遊びも、家族や友達、同僚など、人とのつながりもコミュニケーションも、できないことはひとつもないのだから、もっともっと自分に欲張って失敗も成功も経験しながら成長してほしい。そんなことを伝えたいと思っていました。でもそんなおこがましい独りよがりよりも、ボクは京都マラソンで学んだことがたくさんありました。マラソンの完走には普通の努力では十分なフィジカルが備わらないということ、そして、どれだけ練習をしていても予期せぬことが起き、その時にできうる最善の対処や判断をしなければならないということ。30キロを過ぎたあたり、右足の付け根、太ももの裏、ふくらはぎが攣り始めました。動けない、歩けない。。それでも前へ進まないとゴールは近づきませんから、一旦そこで足を止め、路肩で数分ゆっくりと患部をのばしストレッチをして回復を待ちました。その際に沿道で応援してくださっていた方が自宅からエアーサロンパスを持ってきて足を冷却してくださった時には有り難くて有り難くて目が潤みました。御礼をお伝えして少しずつ歩き始めても、一歩ごとの痛みは残ったまま、「なんでこんな苦しいことしてるんだろう」と身体の痛みと心の痛みが重なってとめどなく涙が流れました。涙が出るほどつらい思い、苦しい思いをしたのはいつ振りだろう、人生においてそれほど経験はないのではないでしょうか。大げさではなく、足を引きずりながらこれまでの50年の人生を振り返っていました。今回ボクが完走することができた理由は「応援」のおかげです。大会を盛り上げてくださった運営やボランティアスタッフの皆さん、そして地元開催ということもあって沿道の各所で知人や友達、仲間、社員のみんなが必死で大きな大きな声援を送ってくれていました。何度心が折れそうになっても、あの角を曲がって北山通に入れば松ヶ崎で社員が待ってくれている、次のハイタッチゾーンにはみんながいてくれる、市役所前で待っている仲間に会いたい、会社では社員のみんながボクの現在位置を追いながら応援してくれている。ゴールラインを通過して応援に来てくれていた社員のみんなの笑顔を見た時にはまた涙があふれて止まりませんでした。フィジカルはボロボロでも、メンタルはずっと満たされ、支えられていました。伝えたいという思いでエントリーしたはずが、伝えられたのはまたボクのほうでした。人は、待ってくれている人がいる、応援してくれる人がいるとこんなにも頑張れるということを。ボクがこれからやるべきことは、人を心から応援することです。周りの人たちの頑張りや挑戦を、そして失敗も成功も、一緒になって心から心から応援します。いただいたものは、しっかりお返ししていきます。ボクは涙があふれるほど苦しい思い、本当の一生懸命の大変さや辛さを知っています。だから、ボクにしかできない応援があります。少年期に恩師からいただいた言葉の通り、忍耐は苦しい、でもその実は甘かったです。支えていただいた皆さん、応援していただいた皆さんに、心からお礼をお伝えします。有り難うございました。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2025年2月9日進む道と登る山
いつも何かとありがとうございます。三年後、五年後の自分を描いて。弊社でも人材育成や目標設計の際によく用いるフレーズなのですが、やりたいことやなりたい自分像を明確に描けている人は意外と少ないものです。近くの低山と南アルプスでは準備が異なるように、「昇る山」がはっきりしているとそこに向けて必要なリソースを導き出すことができますし、同時にその目標を達成するための計画も具体的に立てることが可能になります。ただ、この「登る山」を描くことが難しい、、それはきっと、未来のことだからだと思います。それほど、人間は未来のことについては意外と描けないものです。正確には、描けないのではなくて、描かないという表現が適しています。ボクは、多くの人が苦手としているこの「未来を描く」ことこそ、この先も人間がAIなどのテクノロジーに対して優位性を発揮できる分野だと思っています。なぜなら、そのキャンパスは真っ白で、その大きさも自由で際限のないものだからです。自分の可能性を肯定することで、描く未来は過去の何某にも縛られず、今すぐ無限大に広がります。昨今はAIの急進化によって、仕事や日常の暮らしの中でも多方面で活用されるようになったことでずいぶん便利になってきました。でもAIはあくまで蓄積した過去の情報をもとに一定の範囲でしか未来予測ができませんし、見えないもの、潜在するもの(たとえば心の中)まで読み取ることはできません。表情や言葉の表現から内なる思いを察知することは苦手ですし、何より人間がもっている無限の可能性よりも過去の傾向分析から解を導きます。人間には無限の可能性があるのにです。人間は感情が動かないと行動することができませんし、心、学、行動、の順に能動しています。心の内にあるものを表現する、心の内にあるものにフィルターをかけない、心の内にあるものをその感情の動きをもとに素直に発露する、未来を描くことができない人も、素直に自己表現することができない人も、それは、何かが不足しているのではなくて、生まれながら誰にでも備わったこの能力を活かすことが苦手なだけ、活かすきっかけが少なかっただけです。だから、自信を失ってほしくありません。未来は自由に描き放題なはずなのにそれがうまくできない時は、まず「進む道」を考えてみます。そして、その道をひたすら「意識して」進みます。そうしていると、目に見える景色は移ろい、その景色から心に留まる情報などもどんどん変わってきます。自分の歩測を知り、視界の先に見えだした少し先の地点(目標)まであとどのくらいで行けるかなどがわかり始めます。その道を「意識して」進む歩みの中でこそ、もともと在った「登る山」は見え始めるものです。だから、休まずに「意」をもって歩むこと。これは、「目的」と「目標」の関係でも同じことが言えます。文字通り、目的は「的」で、目標は「標」、いわば目的はゴール、目標は手段です。繰り返しになりますが、見えていようといまいと、目的がないと足は動きません。時に目的が見えないことがあっても、そこに向かって歩めているのだから何かの目的が存在する証しです。昇る山が明確ではない、目的が見いだせないという感性的な悩みをよく耳にしますが、在っても見えないものは多いので、揚々と「今」を一生懸命に頑張って「進む道」をみんなとともに行きます。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2025年1月26日燃性のこと
いつも何かとありがとうございます。弊社では毎月2回ほど、全社員が集まってオンラインでフィロソフィ勉強会を開催しています。毎回、フィロソフィリーダーの人たちがテーマをもとにグループごとのディスカッションの進行をしてくれて、メンバー相互の考えを共有しながら深堀りをしてくれます。明日のフィロソフィ勉強会のお題は「自ら燃え、渦の中心になる」です。火を近づけると燃え上がるような可燃性の人、火を近づけても燃え上がることのない不燃性の人、そして、自ら燃え上がる自燃性の人、当然、ビジネスにおいては自燃性の人が重用されるのですが、自分のことを自燃性だと言い切れる人は意外と少ないのではないかと思います。少し頭の中を整理してみました。まず、人間は全員が自らの本心(欲)に忠実に生きているはずなので、やりたいことは何としても実現しようと能動的に努力しますが、やりたくないと思ったことには目をそらす行動をとるものです。つまり、人はみんな自分の本心には自燃的です。潜在的に持っているその圧倒的な自燃性(主体性)をどのシチュエーションで測るかによって、自燃や可燃、不燃の別が現れます。ただ、ボクにも心当たりがあるのですが、やってみたいと思ったことでも「自燃」ではなく「可燃」に回ってしまうことがあります。それがいったいどういう時かと考えてみると、だいたい以下のようなことが思いあたります。〇正解がない(自信)〇未来のことで予測をともなう(確信)〇シンプルにリソースが足りない(能力)〇責任をともなう(結果が自己の範囲を超える)カッコの中は不足しているものです。人が自ら燃え、渦の中心になるためには、これらの足りないものも何とかしようという強い意志が必要となりますが、なかなか容易ではありません。その結果、誰かの下でならともに燃えるという可燃性の人が多くなるのだと思います。せっかく本心で「やってみたい」、「なりたい」と思ったことでも、こういう理由に立ちふさがれて逡巡してしまう、、もったいないです。。失敗を放棄してほしくない。ボクは社員の皆さんには「失敗」もたくさん経験してほしいと思っています。それは、自分が社員だった頃、若かった頃に、もっともっとたくさんのチャレンジをしたかったという大きな後悔からでもあります。人を成長させてくれるのは間違いなく「成功体験」です。でも本当の「成功」とは、ただ良い結果を重ねることではなくて、障壁や困難に直面した時に、必死に向き合って突破していくことで初めて得られる「体験」なのだと思います。その成功体験の過程で乗り越えてきた様々な「失敗」は、あたかも竹の節のように人を強くしてくれるものです。自燃性か可燃性かは、心のスイッチの切り替え一つ。でも人間の意志はそんなに強くはありませんから、社員の皆さんが心に抱いた「〇〇したい」という思いを、失敗を恐れずに自燃のまま自然発露できるかどうかは会社の風土の責任なのだと思っています。みんな個性のかたまり、みんな内なる熱意のかたまりです。一人でも多くの人が思いきり自分のやってみたいことにトライできる、そんな会社こそが、多くのお客様に喜んでいただける永続的なサービスの源泉になるのだと思います。明日もきっと気づきと学びの多い勉強会になります。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2025年1月12日京都マラソン
いつも何かとありがとうございます。私ごとですが、京都マラソンにエントリーしています。いよいよ大会まであと34日となりました。これまで、2019年の大阪マラソン、2021年のおんらいん京都マラソンと、2度フルマラソンを完走しているのですが、そもそも走ることが趣味というわけではなかったので、その後は全く遠ざかっていました。昨年の秋に思わず当選の発表があり、まさにゼロからの練習開始ですのでとても慌てています。人生において、フルマラソンの完走を経験される人の割合ってどのくらいでしょうか、おそらく1%にもはるかに及ばないのではないかと思います。なぜ走るのかとよく尋ねられます。ボクは子供の頃からなりたい自分ややりたいことがはっきりしていました。(内気なのでそれを人には言いませんでしたが笑)しかも、自分の身の丈をはるかに上回ることを望んだり描くものだからたいへんでした。周りがそんなの無理だということほど成し遂げたいと考える性格がもともと素地としてあったのかもしれません。始まりはそんな動機でした。ボクが子供の頃は体育の一環で持久走大会があり、全生徒が10キロを走らされていたのですが、その時の先生の言葉は今も耳に残っています。そして、その後も人生において大変なことにチャレンジする時にはいつもこの言葉が頭に浮かびます。「忍耐は苦しい、けれどもその実は甘い」その言葉の通り、走ってみて得られたものはとても大きかったです。フルマラソンは準備が不十分だと完走することはできません。心肺の苦しみ、ひざや腰から背中へと広がり蓄積していく体中の痛み、そして何より、何度も何度も襲ってくるポキッと音が聞こえるような心の途切れ。フルマラソンは30キロからが最もつらい時間です。もう歩いてしまおうか、目標タイムで走れなくても、完走できればいいじゃないか、そんな自分の弱さと何度も何度も闘って打ち克たなければなりません。そして、苦しみに耐え抜いて完走した時、まさにこの自分との約束を果たせたことが掛け値なしの達成感を与えてくれましたし、知らず知らず無意識のうちに自分の限界を決めつけてしまっていることがあっても、必死に頑張ればその限界を突破することができるんだという大きな大きな自信を得ることもできました。もし今後また、これは無理だと思うような高い壁に直面したとしても、ドンと突っ込んでいける前向きな気持ち、勇気だって持てるはずです。人生そのもの、仕事そのもの。ボクは今年50歳を迎え、会社の成長とともに社員の数も順調に増えて、4月からはまた新たに4名の新卒社員を迎えます。経営者として、そのどんどん大きくなっていく社員を守る責任、社会の中に存する貢献を果たしていかなければなりません。だから、心だけは強くありたいと思っています。格好よく颯爽と都大路を駆け抜けることはできないかもしれませんが、たとえフォームはバラバラで足を引きずっていようが、必死で前へ進みます。どんなに格好悪くても、みんなの期待と責任を背負って走り切ってみせます。ボクは人の可能性は無限大だと思っています。頑張れば誰だって、何だって、できないことはないんだと、そう信じています。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2025年1月5日謹賀新年
謹んで新春のお慶びを申し上げます。旧年中は格別のご愛顧を賜り、誠に有り難うございました。振り返ると、昨年もご紹介により多くのご縁を繋いでいただき、実りと学びの多い一年を送ることができました。これもひとえに皆様のおかげと、心より感謝と御礼を申し上げます。一方では、限られた人員と時間の中で、社員たちは常に仕事に追われ、新たに取り組みたいことがやりたくてもできないというジレンマに大変な思いをさせてしまった反省の一年でもありました。経営はその規模の大小にかかわらず、常に経営資源をどこにどれだけ、どのように投じていくかがすべてです。「ヒト、モノ、カネ、情報」といったリソースの中で、私たちが最も強みを有している「ヒト(社員)」をいかに活かし、活躍の環境を創るかが経営を担う私の責任です。属人による強みだけでは一時的にはよくても持続可能ではありませんし、今後はAIやRPAを導入しながら人がやらなければならない業務と、システムで合理化や効率化を推し進めていく領域とをしっかりと分けた資源の分配が必要だとあらためて感じています。「考える」日々を送り、強みと課題が明確になったことで、具体的な方針や施策も鮮明になりました。盤石な平準の上にこそ、属人的な付加価値を見出していく、言葉にするのはカンタンなのですが、大切なことはそれを実践することです。年頭に際しまして、「行動の一年」、「勉強の一年」、を自身のスローガンに掲げ、人材価値創造、不動産価値創造、この二つの価値創造を軸に、信頼できる社員たちとともに一生懸命頑張ってまいります。まだまだ至らないことや、熱意が空回りしてしまうこともあるかと存じますが、お客様に喜んでいただきたいという社員の純粋な思いを正しい方向に導いていくことを経営の責任として、私自身が全社員の先頭に立ち、最前線で頑張ってまいる所存でございます。どうぞ今後とも、変わらずご指導を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。末筆ながら、本年が皆様にとって素晴らしい一年となりますことを、心よりお祈り申し上げます。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2024年6月22日ギブアンドテイク
いつも何かとありがとうございます。営業の領域では、集客や販促のツールの一つに「紹介」や「リピート」という考え方があります。私も今では新規で賜るご依頼のほぼすべてがこのご紹介による案件となっていて、社内でも直接部門の営業メンバーからどうすればそのようになるのかとよく尋ねられます。現在はネットでの集客が主流ですが、営業店舗ではご紹介のお客様を集客するために、アナログな活動としてショップカードやキャンペーンのフライヤーを手に地域のお店をめぐり、お客さんがあればぜひご紹介してくださいと営業に歩いてくれています。これは以前からある定番のアクションなのですが、実は私はこれまでそういう販促活動をしたことがありません。人が「あげたい」と思う時というのは、何かに対して御礼やお返しをしたいと思った時、そう考えるのが自然です。先ほど例にあげたのは、「ください、ください」といって求めて歩く行動ですから、中々そういう人にあげようという気にはなれません。私がこれまでにご紹介で仕事のご依頼をいただいたケースを思い返してみても、友達、仕事でつながった信頼し合える仲間、自分が接客に携わったお客様、自分が食べにいった(呑みにいった)お店、何かのご相談にお応えした人、あのお店はとてもいいからぜひ行ってみてくださいとご紹介したお店、以前お世話になった先輩やかわいがっている後輩たちと、よく知った人たちばかりです。営業パーソンだった頃はそこまで深く考えていたわけではありませんが、今思うと、人に一生懸命接した先にある繋がりがあるところ、「テイク」は「ギブ」の先にこそあるものだと私は思っています。ほしいほしい、くださいください、と言ってくる人よりも、いつもありがとねって思える人にこそあげたくなるのは自然な心理です。その真理に気が付けば、確実に行動は変わります。振り返ると、(その時は)何のリターンもないように思えることにもたくさん応じてきましたし、お金もそれなりに使ってきましたが、長いスパンで考えると、下心のない「ギブ」の先には必ず一対一の「テイク」がありました。だから、本当に販促として「紹介」のお客様を得たいのであれば、ギバーに徹することが大事だと思います。それは誰にでも容易にできることではありませんから、できる人は他者にはない圧倒的な強みを得ることになります。ただ、それが容易ではないことの一番大きな障壁は、それが見せかけの「ギブ」、言い換えると「テイク」を目的をする「ギブ」ではダメだということです。これは頭でどれだけわかったつもりでも、心(思い)に腑落ちしているかということが図られますので、この真のギブは誰でもできるものではない究極のスキルとなり得るのです。当社ではフィロソフィを学んでいます。商品やサービスにフィロソフィを添えようと、みんなで声を掛け合ってお客様と接しています。手前みそな話ですが、社内のそこここで社員たちの仕事にフィロソフィを感じることが増えています。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2024年6月9日人の価値
いつも何かとありがとうございます。新卒採用では25卒の内定率も7割を超え、いよいよ26卒のインターンも始まる時期を迎えます。当社でも採用チームのメンバーが日々意見を出し合いながら、今から未来が楽しみでならない有望な学生たちの内定承諾に繋げてくれています。今年入社の一年生たちも、全員とても素直で一生懸命に頑張ってくれていて、その姿勢からは、私たちのほうがたくさんのことを学ばせていただいています。当社では新卒、中途に限らず、入社していただいた皆さんに様々な研修を行っていて、特に入社時には実務とは別で、会社のことをよく知ってもらうために、あるいは仕事をする上で大切にしてほしい心構えといった説明にしっかりと時間を割いて説明しています。その中で、私が担当するパートは「理念」と「アメーバ経営」です。特に、理念研修で必ずお話しすることが、本日のタイトルである「人の価値」。人の価値は全員同じなんだよというお話です。多くの人は、社長は偉いというふうに勘違いをしてしまっています。社長が偉いのではありません。なのに偉いように思ってしまうのは「権限」があるからだと思います。本来、この「権限」の大きさは、「責任」の大きさに比例しているだけなのですが、この説明を理解しておかないと、企業のヒエラルキーや職制や階層なども、なぜそれがあるのかの本質を得ることができません。そして、もうひとつ大切にしていることがあります。「権限」はその責任の大きさに比例して付与されますが、多くの権限を持つ人が出来ていないことが、権限の大きさに比例して「謙虚さ」を持たなければならないということです。それが出来ないと勘違いを起こしてしまいますし、リーダーシップとメンバーシップの関係性は破綻してしまいます。とかく、○○長といった役職に就くと、偉ぶってしまって仕事に大小を付けてしまうことがあります。途端に「これやっといてくれる?」というふうに横着横柄になる人がありますが、それは大きな間違いで、権限は振りかざすのではなく、責任を全うするためにのみ用いる、そして、役職が就くほど、階層が上がるほど、「謙虚さ」を増して、何でも自分が誰よりも率先してやるんだという気概を持たなければなりません。私が創るハウツーホームのヒエラルキーは逆ピラミッド型。社員の皆さんが安心して伸び伸びと活躍できるように、そのアイデアやヒラメキ、頑張りを担当上長が全力で支える、そして、その上長たちが憂いなく、背後の心配なく前だけ向いてメンバーたちと一緒に全力で進める環境を部長層の人たちが支える、そして一番下ですべてを支えるのが私です。ヒエラルキーのピラミッドは、頂点が一番下の逆三角形。各属性の人数からも、このヒエラルキーの実現こそが、たくさんの人が輝くことができる私のビジョンです。社員の一人ひとりが自分自身の大きな可能性を信じ、そこから生み出される価値を最大化することが私の役割であり、人の成長や会社の成長はその先にしかないと考えています。これは私の尊敬する社長の受け売りですが、社長の仕事というのは「社員を信じること」、ただそれだけなのかもしれません。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一








