進む道と登る山

いつも何かとありがとうございます。

三年後、五年後の自分を描いて。
弊社でも人材育成や目標設計の際によく用いるフレーズなのですが、やりたいことやなりたい自分像を明確に描けている人は意外と少ないものです。
近くの低山と南アルプスでは準備が異なるように、「昇る山」がはっきりしているとそこに向けて必要なリソースを導き出すことができますし、同時にその目標を達成するための計画も具体的に立てることが可能になります。

ただ、この「登る山」を描くことが難しい、、
それはきっと、未来のことだからだと思います。
それほど、人間は未来のことについては意外と描けないものです。
正確には、描けないのではなくて、描かないという表現が適しています。
ボクは、多くの人が苦手としているこの「未来を描く」ことこそ、この先も人間がAIなどのテクノロジーに対して優位性を発揮できる分野だと思っています。
なぜなら、そのキャンパスは真っ白で、その大きさも自由で際限のないものだからです。
自分の可能性を肯定することで、描く未来は過去の何某にも縛られず、今すぐ無限大に広がります。

昨今はAIの急進化によって、仕事や日常の暮らしの中でも多方面で活用されるようになったことでずいぶん便利になってきました。
でもAIはあくまで蓄積した過去の情報をもとに一定の範囲でしか未来予測ができませんし、見えないもの、潜在するもの(たとえば心の中)まで読み取ることはできません。
表情や言葉の表現から内なる思いを察知することは苦手ですし、何より人間がもっている無限の可能性よりも過去の傾向分析から解を導きます。
人間には無限の可能性があるのにです。

人間は感情が動かないと行動することができませんし、心、学、行動、の順に能動しています。

心の内にあるものを表現する、
心の内にあるものにフィルターをかけない、
心の内にあるものをその感情の動きをもとに素直に発露する、

未来を描くことができない人も、素直に自己表現することができない人も、それは、何かが不足しているのではなくて、生まれながら誰にでも備わったこの能力を活かすことが苦手なだけ、活かすきっかけが少なかっただけです。
だから、自信を失ってほしくありません。

未来は自由に描き放題なはずなのにそれがうまくできない時は、まず「進む道」を考えてみます。
そして、その道をひたすら「意識して」進みます。
そうしていると、目に見える景色は移ろい、その景色から心に留まる情報などもどんどん変わってきます。
自分の歩測を知り、視界の先に見えだした少し先の地点(目標)まであとどのくらいで行けるかなどがわかり始めます。
その道を「意識して」進む歩みの中でこそ、もともと在った「登る山」は見え始めるものです。

だから、休まずに「意」をもって歩むこと。

これは、「目的」と「目標」の関係でも同じことが言えます。
文字通り、目的は「的」で、目標は「標」、いわば目的はゴール、目標は手段です。
繰り返しになりますが、見えていようといまいと、目的がないと足は動きません。
時に目的が見えないことがあっても、そこに向かって歩めているのだから何かの目的が存在する証しです。
昇る山が明確ではない、目的が見いだせないという感性的な悩みをよく耳にしますが、在っても見えないものは多いので、揚々と「今」を一生懸命に頑張って「進む道」をみんなとともに行きます。

何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。

代表取締役 吉川昇一