京都マラソンで教えられたこと

いつも何かとありがとうございます。

昨日、京都マラソン2025に参加してきました。
雨予報も何のその、そこはスーパー晴れ男のボクですから、雨は前夜のうちに上がり、気温は10℃前後、湿度も高くない最高のコンディションの下、無事けがもなく完走することができました。
タイムは4時間54分38とサブ5も達成することができ、大阪マラソンを走った40代の記録を50歳になった今40分ほど縮められたことは自信になりました。

京都マラソンにエントリーしたのは伝えたいことがあったからです。
ボクは人には誰しも無限の可能性があると信じています。
全員が素晴らしい個性や豊かな人間性、そして、大きな可能性を持っていながらも、やったことがない、しんどそう、失敗したらいやだといったネガティブな心理から逡巡してチャレンジできないことは多いと思います。

走ることが趣味というわけでも、特別運動センスがあるわけでもないボクが、頑張って練習すればフルマラソンを完走することだってできる。
できないことは一つもない、せっかくの自分の可能性をもっともっと信じて色んなことに挑戦してほしいという願いから、ボクの頑張りがわずかでも誰かの背中を押す一助になればと思っていました。
勉強も、仕事も、遊びも、家族や友達、同僚など、人とのつながりもコミュニケーションも、できないことはひとつもないのだから、もっともっと自分に欲張って失敗も成功も経験しながら成長してほしい。
そんなことを伝えたいと思っていました。

でもそんなおこがましい独りよがりよりも、ボクは京都マラソンで学んだことがたくさんありました。
マラソンの完走には普通の努力では十分なフィジカルが備わらないということ、そして、どれだけ練習をしていても予期せぬことが起き、その時にできうる最善の対処や判断をしなければならないということ。

30キロを過ぎたあたり、右足の付け根、太ももの裏、ふくらはぎが攣り始めました。
動けない、歩けない。。
それでも前へ進まないとゴールは近づきませんから、一旦そこで足を止め、路肩で数分ゆっくりと患部をのばしストレッチをして回復を待ちました。
その際に沿道で応援してくださっていた方が自宅からエアーサロンパスを持ってきて足を冷却してくださった時には有り難くて有り難くて目が潤みました。
御礼をお伝えして少しずつ歩き始めても、一歩ごとの痛みは残ったまま、「なんでこんな苦しいことしてるんだろう」と身体の痛みと心の痛みが重なってとめどなく涙が流れました。

涙が出るほどつらい思い、苦しい思いをしたのはいつ振りだろう、
人生においてそれほど経験はないのではないでしょうか。
大げさではなく、足を引きずりながらこれまでの50年の人生を振り返っていました。

今回ボクが完走することができた理由は「応援」のおかげです。
大会を盛り上げてくださった運営やボランティアスタッフの皆さん、そして地元開催ということもあって沿道の各所で知人や友達、仲間、社員のみんなが必死で大きな大きな声援を送ってくれていました。
何度心が折れそうになっても、あの角を曲がって北山通に入れば松ヶ崎で社員が待ってくれている、次のハイタッチゾーンにはみんながいてくれる、市役所前で待っている仲間に会いたい、会社では社員のみんながボクの現在位置を追いながら応援してくれている。
ゴールラインを通過して応援に来てくれていた社員のみんなの笑顔を見た時にはまた涙があふれて止まりませんでした。
フィジカルはボロボロでも、メンタルはずっと満たされ、支えられていました。

伝えたいという思いでエントリーしたはずが、伝えられたのはまたボクのほうでした。
人は、待ってくれている人がいる、応援してくれる人がいるとこんなにも頑張れるということを。

ボクがこれからやるべきことは、人を心から応援することです。
周りの人たちの頑張りや挑戦を、そして失敗も成功も、一緒になって心から心から応援します。
いただいたものは、しっかりお返ししていきます。
ボクは涙があふれるほど苦しい思い、本当の一生懸命の大変さや辛さを知っています。
だから、ボクにしかできない応援があります。

少年期に恩師からいただいた言葉の通り、
忍耐は苦しい、でもその実は甘かったです。

支えていただいた皆さん、応援していただいた皆さんに、心からお礼をお伝えします。
有り難うございました。

何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。

代表取締役 吉川昇一