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2025年4月20日人生のスクリーンタイム
いつも何かとありがとうございます。先日お招きいただいたある祝賀会にて、ご来賓の国会議員の方がスピーチで引用されていた統計がとても興味深かったので調べてみました。人生の時間についての考察です。日本人の平均寿命は84歳ですが、晩年までの10年間は体力の衰えや、場合によっては寝たきりといったふうに一定の制限下に置かれると仮定し、実質的な健康寿命はマイナス10年という前提で人生の時間について考えてみます。人生の総時間は、24時間×365日×84年間で736,000時間です。1日8時間睡眠をとると、8時間×365日×84年は245,000時間となり、人生のうち28年間は眠っています。次に幼稚園から大学までの19年間の教育は、7.5時間×245日×19年間=35,000時間で約4年間、就職して週休二日で1日9時間勤務を40年間続けるとすると約11年間は仕事をしています。睡眠、教育、仕事、この3つで約43年間です。では残りの時間は自分の時間かというとそうではなくて、細かいところまで見ていくと、通学や通勤に1.5年、食事は5.5年、家事が7年、女性はお化粧に1.5年、そしてトイレに1.5年。睡眠、学校、仕事、そして、これらのエッセンシャルな行動に要する時間の合計17年をあわせますと実に60年にも及びます。健康寿命が74年ですから、自分の時間はわずか14年しかないということになりますね。さらに、自分の時間といえど、飲み会や買い物などのように自由にならない時間もこの中に含まれ、さらに現代ではスマホ依存で目的もなく眺めている時間も浪費していますから、人生において本当に自由になる自分の時間というのはほんの数年しかないということです。あくまで統計の一つではありますが、実際の自分自身に当てはめてみても、あながち的外れではないと感じます。確かに、時間がない、時間が無いと、いつも切迫感や焦燥の中で日々を過ごしていて、デジタルの常在により情報があふれていることも次から次へとやるべきことが押し寄せてくる現代感につながっているのだろうと思います。こうやって現実を目の当たりにすると、あわてて時間の使い方について考えさせられます。人生においては息抜きも必要なのですが、見方によっては人生にアイドリングタイムはないというのもまた現実なのだと改めて思い、「今」この刻々を大切にしようと思います。稲盛さんの「100m走のスピードでマラソンを走る」という言葉が思い出されました。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2025年3月16日共感力
いつも何かとありがとうございます。京都も其処此処で梅の見頃を迎え、数日おきの寒暖を繰り返しながら、いよいよ季節は春に向かっています。この時期、学校の前を通りかかると卒業式の光景をよく目にしますが、思わず目が潤んでしまいます。見ず知らずの人の卒業に共感する、共感できる、ということ。それは、自分がこれまでに経験した卒業にまつわる様々な出来事や思いなどを重ねているからだと思います。ボクは「感動」を自分のライフワークの一つにしています。人が能動的に行動するためには、その前に必ずポジティブな心(感情)の動きがあるものです。逆に言うと、感情(本心)が動かないと、その行動は能動的なものではなく、受動に寄った根拠に基づくものとなります。受動に拠る行動というものは、残念ながらその成果は半減してしまいますから、ボクはやるからには能動でありたいし、あってほしいと思っています。そして、ボクは自分自身の判断や行動についてよく考えるために、「能動」と「受動」、「主体」と「客体」というふうに、常に絶対軸と相対軸の両方で考えることを習い性にしてきました。今日は、ボクのライフテーマである「感動」について少し書いてみたいと思います。人っていったいどんな時に「感動」するのだろう。この深遠なテーマについて、たくさんたくさん考えて行き着いた答えが、驚き、共感、尊敬。平たく置き換えると、予想を超えるような(驚き)、めっちゃわかるぅぅ(共感)、すごすぎる!!(尊敬)です。そして、この三つの中から、今日は「共感」について深堀りしてみます。先日読んだある経済誌のコラムによると、人の気持ちを理解する、相手の気持ちを読む力(共感力)の上昇は48歳でピークを迎えるそうです。あくまで伸長がそこで留まるという意味で、そこから先、それを持続するか下降を辿るかは本人次第です。だから、48歳までにできるだけ伸ばしておくほうがいいという結びでした。その説に照らすとボクはもう伸びきった状態ということになるのですが、仮にそうだとしても、ボクは現在の自分の共感力をここまで育んでいただいた両親や祖父母、家族、先生、その他にも多くの人たちに感謝するばかりです。誰かの「思い」に共感するには、同様の、あるいは同等の「思い」を経験していなければなりません。例は枚挙にいとまがありませんが、自分が頑張ったことのある範囲でしか誰かの頑張りを分かってあげられませんし、喜び、楽しさ、苦しみ、努力、他にも、自分が経験していることにしか本当の「共感」はありません。今の自分の苦しみと同じ経験をしたことのある人の言葉だから「共感」できる、そのたいへんなことの先にある喜びを経験したことのある人とだからこそ、本当に一体となって喜び合える。ボクはそう思うんです。ボクは両親や先生方にたいへん厳しく育てていただきましたし、社会人になってからも、上司や先輩からは本気の頑張りというものをしっかりと教えていただきました。振り返ると、苦しみの涙も、喜びの涙も、たくさんたくさん経験させていただいてきた半生です。誰かが苦しい時、くじけそうになった時、それをやり遂げたことのない人に相談しても、「できない理由」が返ってくるだけでしょう。強い意志で頑張って乗り越えてきた人だけが、誰かのそのたいへんな頑張りに「共感」することができ、その背中を押すこともできるのだと思います。ボクのライフワークは「感動」です。そのための共感力を保ち続けるためにも、何歳になってもたくさんの一生懸命を経験し、チャレンジを止めず、自分を磨き続けてまいりたいと思います。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2025年2月17日京都マラソンで教えられたこと
いつも何かとありがとうございます。昨日、京都マラソン2025に参加してきました。雨予報も何のその、そこはスーパー晴れ男のボクですから、雨は前夜のうちに上がり、気温は10℃前後、湿度も高くない最高のコンディションの下、無事けがもなく完走することができました。タイムは4時間54分38とサブ5も達成することができ、大阪マラソンを走った40代の記録を50歳になった今40分ほど縮められたことは自信になりました。京都マラソンにエントリーしたのは伝えたいことがあったからです。ボクは人には誰しも無限の可能性があると信じています。全員が素晴らしい個性や豊かな人間性、そして、大きな可能性を持っていながらも、やったことがない、しんどそう、失敗したらいやだといったネガティブな心理から逡巡してチャレンジできないことは多いと思います。走ることが趣味というわけでも、特別運動センスがあるわけでもないボクが、頑張って練習すればフルマラソンを完走することだってできる。できないことは一つもない、せっかくの自分の可能性をもっともっと信じて色んなことに挑戦してほしいという願いから、ボクの頑張りがわずかでも誰かの背中を押す一助になればと思っていました。勉強も、仕事も、遊びも、家族や友達、同僚など、人とのつながりもコミュニケーションも、できないことはひとつもないのだから、もっともっと自分に欲張って失敗も成功も経験しながら成長してほしい。そんなことを伝えたいと思っていました。でもそんなおこがましい独りよがりよりも、ボクは京都マラソンで学んだことがたくさんありました。マラソンの完走には普通の努力では十分なフィジカルが備わらないということ、そして、どれだけ練習をしていても予期せぬことが起き、その時にできうる最善の対処や判断をしなければならないということ。30キロを過ぎたあたり、右足の付け根、太ももの裏、ふくらはぎが攣り始めました。動けない、歩けない。。それでも前へ進まないとゴールは近づきませんから、一旦そこで足を止め、路肩で数分ゆっくりと患部をのばしストレッチをして回復を待ちました。その際に沿道で応援してくださっていた方が自宅からエアーサロンパスを持ってきて足を冷却してくださった時には有り難くて有り難くて目が潤みました。御礼をお伝えして少しずつ歩き始めても、一歩ごとの痛みは残ったまま、「なんでこんな苦しいことしてるんだろう」と身体の痛みと心の痛みが重なってとめどなく涙が流れました。涙が出るほどつらい思い、苦しい思いをしたのはいつ振りだろう、人生においてそれほど経験はないのではないでしょうか。大げさではなく、足を引きずりながらこれまでの50年の人生を振り返っていました。今回ボクが完走することができた理由は「応援」のおかげです。大会を盛り上げてくださった運営やボランティアスタッフの皆さん、そして地元開催ということもあって沿道の各所で知人や友達、仲間、社員のみんなが必死で大きな大きな声援を送ってくれていました。何度心が折れそうになっても、あの角を曲がって北山通に入れば松ヶ崎で社員が待ってくれている、次のハイタッチゾーンにはみんながいてくれる、市役所前で待っている仲間に会いたい、会社では社員のみんながボクの現在位置を追いながら応援してくれている。ゴールラインを通過して応援に来てくれていた社員のみんなの笑顔を見た時にはまた涙があふれて止まりませんでした。フィジカルはボロボロでも、メンタルはずっと満たされ、支えられていました。伝えたいという思いでエントリーしたはずが、伝えられたのはまたボクのほうでした。人は、待ってくれている人がいる、応援してくれる人がいるとこんなにも頑張れるということを。ボクがこれからやるべきことは、人を心から応援することです。周りの人たちの頑張りや挑戦を、そして失敗も成功も、一緒になって心から心から応援します。いただいたものは、しっかりお返ししていきます。ボクは涙があふれるほど苦しい思い、本当の一生懸命の大変さや辛さを知っています。だから、ボクにしかできない応援があります。少年期に恩師からいただいた言葉の通り、忍耐は苦しい、でもその実は甘かったです。支えていただいた皆さん、応援していただいた皆さんに、心からお礼をお伝えします。有り難うございました。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2025年1月12日京都マラソン
いつも何かとありがとうございます。私ごとですが、京都マラソンにエントリーしています。いよいよ大会まであと34日となりました。これまで、2019年の大阪マラソン、2021年のおんらいん京都マラソンと、2度フルマラソンを完走しているのですが、そもそも走ることが趣味というわけではなかったので、その後は全く遠ざかっていました。昨年の秋に思わず当選の発表があり、まさにゼロからの練習開始ですのでとても慌てています。人生において、フルマラソンの完走を経験される人の割合ってどのくらいでしょうか、おそらく1%にもはるかに及ばないのではないかと思います。なぜ走るのかとよく尋ねられます。ボクは子供の頃からなりたい自分ややりたいことがはっきりしていました。(内気なのでそれを人には言いませんでしたが笑)しかも、自分の身の丈をはるかに上回ることを望んだり描くものだからたいへんでした。周りがそんなの無理だということほど成し遂げたいと考える性格がもともと素地としてあったのかもしれません。始まりはそんな動機でした。ボクが子供の頃は体育の一環で持久走大会があり、全生徒が10キロを走らされていたのですが、その時の先生の言葉は今も耳に残っています。そして、その後も人生において大変なことにチャレンジする時にはいつもこの言葉が頭に浮かびます。「忍耐は苦しい、けれどもその実は甘い」その言葉の通り、走ってみて得られたものはとても大きかったです。フルマラソンは準備が不十分だと完走することはできません。心肺の苦しみ、ひざや腰から背中へと広がり蓄積していく体中の痛み、そして何より、何度も何度も襲ってくるポキッと音が聞こえるような心の途切れ。フルマラソンは30キロからが最もつらい時間です。もう歩いてしまおうか、目標タイムで走れなくても、完走できればいいじゃないか、そんな自分の弱さと何度も何度も闘って打ち克たなければなりません。そして、苦しみに耐え抜いて完走した時、まさにこの自分との約束を果たせたことが掛け値なしの達成感を与えてくれましたし、知らず知らず無意識のうちに自分の限界を決めつけてしまっていることがあっても、必死に頑張ればその限界を突破することができるんだという大きな大きな自信を得ることもできました。もし今後また、これは無理だと思うような高い壁に直面したとしても、ドンと突っ込んでいける前向きな気持ち、勇気だって持てるはずです。人生そのもの、仕事そのもの。ボクは今年50歳を迎え、会社の成長とともに社員の数も順調に増えて、4月からはまた新たに4名の新卒社員を迎えます。経営者として、そのどんどん大きくなっていく社員を守る責任、社会の中に存する貢献を果たしていかなければなりません。だから、心だけは強くありたいと思っています。格好よく颯爽と都大路を駆け抜けることはできないかもしれませんが、たとえフォームはバラバラで足を引きずっていようが、必死で前へ進みます。どんなに格好悪くても、みんなの期待と責任を背負って走り切ってみせます。ボクは人の可能性は無限大だと思っています。頑張れば誰だって、何だって、できないことはないんだと、そう信じています。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2025年1月5日謹賀新年
謹んで新春のお慶びを申し上げます。旧年中は格別のご愛顧を賜り、誠に有り難うございました。振り返ると、昨年もご紹介により多くのご縁を繋いでいただき、実りと学びの多い一年を送ることができました。これもひとえに皆様のおかげと、心より感謝と御礼を申し上げます。一方では、限られた人員と時間の中で、社員たちは常に仕事に追われ、新たに取り組みたいことがやりたくてもできないというジレンマに大変な思いをさせてしまった反省の一年でもありました。経営はその規模の大小にかかわらず、常に経営資源をどこにどれだけ、どのように投じていくかがすべてです。「ヒト、モノ、カネ、情報」といったリソースの中で、私たちが最も強みを有している「ヒト(社員)」をいかに活かし、活躍の環境を創るかが経営を担う私の責任です。属人による強みだけでは一時的にはよくても持続可能ではありませんし、今後はAIやRPAを導入しながら人がやらなければならない業務と、システムで合理化や効率化を推し進めていく領域とをしっかりと分けた資源の分配が必要だとあらためて感じています。「考える」日々を送り、強みと課題が明確になったことで、具体的な方針や施策も鮮明になりました。盤石な平準の上にこそ、属人的な付加価値を見出していく、言葉にするのはカンタンなのですが、大切なことはそれを実践することです。年頭に際しまして、「行動の一年」、「勉強の一年」、を自身のスローガンに掲げ、人材価値創造、不動産価値創造、この二つの価値創造を軸に、信頼できる社員たちとともに一生懸命頑張ってまいります。まだまだ至らないことや、熱意が空回りしてしまうこともあるかと存じますが、お客様に喜んでいただきたいという社員の純粋な思いを正しい方向に導いていくことを経営の責任として、私自身が全社員の先頭に立ち、最前線で頑張ってまいる所存でございます。どうぞ今後とも、変わらずご指導を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。末筆ながら、本年が皆様にとって素晴らしい一年となりますことを、心よりお祈り申し上げます。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2024年6月22日ギブアンドテイク
いつも何かとありがとうございます。営業の領域では、集客や販促のツールの一つに「紹介」や「リピート」という考え方があります。私も今では新規で賜るご依頼のほぼすべてがこのご紹介による案件となっていて、社内でも直接部門の営業メンバーからどうすればそのようになるのかとよく尋ねられます。現在はネットでの集客が主流ですが、営業店舗ではご紹介のお客様を集客するために、アナログな活動としてショップカードやキャンペーンのフライヤーを手に地域のお店をめぐり、お客さんがあればぜひご紹介してくださいと営業に歩いてくれています。これは以前からある定番のアクションなのですが、実は私はこれまでそういう販促活動をしたことがありません。人が「あげたい」と思う時というのは、何かに対して御礼やお返しをしたいと思った時、そう考えるのが自然です。先ほど例にあげたのは、「ください、ください」といって求めて歩く行動ですから、中々そういう人にあげようという気にはなれません。私がこれまでにご紹介で仕事のご依頼をいただいたケースを思い返してみても、友達、仕事でつながった信頼し合える仲間、自分が接客に携わったお客様、自分が食べにいった(呑みにいった)お店、何かのご相談にお応えした人、あのお店はとてもいいからぜひ行ってみてくださいとご紹介したお店、以前お世話になった先輩やかわいがっている後輩たちと、よく知った人たちばかりです。営業パーソンだった頃はそこまで深く考えていたわけではありませんが、今思うと、人に一生懸命接した先にある繋がりがあるところ、「テイク」は「ギブ」の先にこそあるものだと私は思っています。ほしいほしい、くださいください、と言ってくる人よりも、いつもありがとねって思える人にこそあげたくなるのは自然な心理です。その真理に気が付けば、確実に行動は変わります。振り返ると、(その時は)何のリターンもないように思えることにもたくさん応じてきましたし、お金もそれなりに使ってきましたが、長いスパンで考えると、下心のない「ギブ」の先には必ず一対一の「テイク」がありました。だから、本当に販促として「紹介」のお客様を得たいのであれば、ギバーに徹することが大事だと思います。それは誰にでも容易にできることではありませんから、できる人は他者にはない圧倒的な強みを得ることになります。ただ、それが容易ではないことの一番大きな障壁は、それが見せかけの「ギブ」、言い換えると「テイク」を目的をする「ギブ」ではダメだということです。これは頭でどれだけわかったつもりでも、心(思い)に腑落ちしているかということが図られますので、この真のギブは誰でもできるものではない究極のスキルとなり得るのです。当社ではフィロソフィを学んでいます。商品やサービスにフィロソフィを添えようと、みんなで声を掛け合ってお客様と接しています。手前みそな話ですが、社内のそこここで社員たちの仕事にフィロソフィを感じることが増えています。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2024年1月21日今年の一字
いつも何かとありがとうございます。賃貸業界は繁忙期に入り、例年4月までは超多忙の日々が続きます。気が付けば一月も早や終盤に差し掛かり、二月は逃げる、三月は去るの言葉通り、あっという間に時が経っていきます。この「時間」だけは、神さまが全ての人に平等に与えられたもので、言い換えると言い訳の出来ない資源ですから少しも無駄にしたくないです。毎年、年頭に今年の一字を書くことを習慣にしています。昨年は「在」という字に、人は何かを伝えようとする時に、どれだけ様々弄しても、結局伝わるのは心に「ある」がままなのですから、一生懸命心磨きに努めようという覚悟を込めました。今年は、「今」という字を書きました。月並みですが、今日という日は二度とやってきません。毎朝、鏡に向かってぶつぶつとその思いを口にして、大切に一日を始めています。私は今年50歳を迎えるのですが、昨年あたりから自分がやりたいこと、成し遂げたいこと、登る山を目指す上で、残りの時間を意識するようになりました。登る山、描いた夢を必ず実現して、その先はまた次の人へと思いを繋ぎ、紡いでいく未来を少しずつ考えるようになると、やりたいことが多すぎるのか、今さらですが一日も無駄にはできないという焦りに駆られています。皆さんは初夢を見られましたか。初夢に見ると縁起が良いとされる「一富士二鷹三茄子」。由来は諸説あると言われていますが、富士は「不死」、鷹は「高」、茄子は「成す」に通じます。私は現実社会で実現したい夢はたくさんあるのですが、夜中に夢を見ることは全くと言っていいほどありません。(覚えていないだけかもしれませんが)夢は描きたい放題です。人には無限の可能性があるのですから何でもできる、叶う。描いたらあとはそこに向かって邁進するだけです。夢見る夢夫でいきましょう。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。代表取締役 吉川昇一
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2023年10月29日バモス、京都サンガ
いつも何かとありがとうございます。私たちは京都サンガを応援しています。毎年この時期になると、J1残留かJ2降格かとドキドキしながら戦況を見守っています。昨年の順位は最下位から3番目で、J2のトップチームとの入れ替え戦PO(プレーオフ)にまでもつれ込みました。何とかJ2のロアッソ熊本に引き分けてJ1に残ることが出来ましたが、冷や汗ものでした。今年は最下位の1チームだけが降格するというルールなので残留は安泰!のはずでしたが、残り3試合となった現在も予断を許さない状況で、サポーターとして、予定が付けばサンガスタジアムで開催されるホームゲームには足を運び声援を送っています。昨日も公休が合った社内のメンバー5人で応援に行ってきました。プロスポーツを生で観戦するのはとても迫力があって興奮します。熱狂的なサンガ応援団が鳴りものと一緒に送る大声援は、スタジアム全体が揺れんばかりの反響で心臓がドキドキしました。サッカーは野球と違って攻守が瞬時に入れ替わりますので一瞬たりとも気が抜けない。気が付けば自ずと体中に力が入り、手はぎゅっと握りしめたままの熱い90分の戦いでした。結果は、0-1で敗戦、、、、いよいよ残留に黄信号が灯りました。京都サンガは私の師である稲盛和夫さんが創立されたクラブチームです。生前、稲盛塾長もよく観戦にお見えでしたし、選手たちにもよく声をかけて「戦う姿勢」について語っておられました。京セラ、KDDI、JALの再生と、素晴らしい経営功績を残された塾長ですが、唯一思うようにならなかったのがサンガだと冗談ぽく言われていたことを思い出します。日本人は組織論やサインプレーが得意と言われますが、個々が瞬時で判断する力を養っていかないと上へは行けないという点においては、プロスポーツも経営も同じですね。今年も最後まで気が抜けませんが、J1残留が決まるまで塾長の思いとともに必死で応援したいと思います。次のホームゲームはシーズン最終戦の12月3日。対戦相手の横浜マリノスは優勝争いをしている強敵ですから、何が何でもその前にJ1残留を決めて迎えたいと思います。仕事も一生懸命、オフでも仲の良いハウツーホームの切り抜きです。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。
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2023年7月4日守ること、寛容すること
いつもありがとうございます。祇園祭が始まりました。京都の夏の一大風物詩もここ数年は中止や規制など自粛を余儀なくされていましたが、今年は4年ぶりに完全な形での開催となり、一昨日からは四条通りには各処で豪華絢爛な山鉾が建ち並んでいます。コロナを過去のこととして語るのはまだまだ時期尚早かもしれませんが、平時に戻りつつあることを実感します。さて、この祇園祭の山や鉾を保存する町々はそれぞれ山町や鉾町と呼ばれ、今でもその地名となっており、そのご神体の加護の下にあると言われたりもするのですが、当社もそれにあやかろうと本社を月鉾町に置いております。祭りの期間中、たくさんの企業がその運営に協力するために寄付を行い、四条通りには社名の入った提灯やアーチなどがお祭りのムードを盛り上げています。この提灯やアーチ灯明は空きが出ないと寄進することができないことから大変人気となっており、何年待つか分からないよと言われていたのですが、つい先日本当にありがたいご縁に恵まれ、月鉾の目の前の提灯アーチに寄進をさせていただけることになりました。そこに社名を掲げることで直接的な広告効果は少ないかもしれませんが、利害ではなく、日頃からこの月鉾町で順調に事業を行わせていただいていることへの感謝から、念願がかなって良かったです。そして、何より社員の皆さんが本当に喜んでくれて、日頃から一生懸命頑張ってくれていることに一つお返しができたかなと思っています。時に京都の人は閉鎖的だとか言われたりすることもあるのですが、保存会の皆さんはとても親切で何の隔てもなくその輪に入れてくださっています。伝統を守ることも、新しい時代に適応することも、どちらも大切なことです。祇園祭は厄災を払うために始まったお祭り。コロナ禍も私たちにとって必ず意味のある試練だったはずです。そんなことも少し振り返りながら賑わいを楽しみたいと思います。何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。








