「優しさ」と「甘さ」

いつも何かとありがとうございます。

私事ですが、昨日52歳の誕生日を迎えました。
従業員の皆さんには盛大にお祝いをしていただき、また、取引先様にもご来社くださった方やお電話をくださった方、経営者仲間や友達からもたくさんのお祝いの言葉が届きました。
ボクは本当に人に恵まれ、生かされていることを感じます。
間違いなく、今までで一番思い出に残る最高に素敵な誕生日を過ごすことができました。
あらためて御礼申し上げます。
ありがとうございました。

さて、誕生日の前日と前々日、複数の盛和塾後継塾が共催した合同合宿勉強会@休暇村近江八幡に参加してきました。
100名近くの塾生が集まり、6名の経営体験発表を題材に学びを深めました。
塾生同士の経営問答は真剣ゆえに遠慮はなく、二次会は深夜まで続き、ボクもメンター塾生から少しの肯定とたくさんのダメ出しをもらい、自分の弱さや何が足りないのかについて、多くの気付きを受け取ってきました。

その問答の中で、「優しさ」と「甘さ」の違いについてという掲題がありました。
ボクは、「優しさ」と「甘さ」は一見すると同じように見えるもので、その二つの大きな違いは「厳しさ」も併存しているかどうかにあると思っています。
つまり、「厳しさ」のない「優しさ」は「甘さ」ということになります。

そして、この「甘さ」の中では人も事業も成長せず、むしろ退歩し、チャレンジする気概もどんどん損なわれていきます。
ただ、このご時世、人に厳しさを求めることには様々な弊害も生じるため、「厳しさ」を風土として持つことはとても難しくなりました。

では、どうするか。
「厳しさ」は自分で持つしかありません。
自発的に自分自身に厳しくあれる人が一人、また一人と増えていくこと以外に、風土形成のすべはないのかもしれません。
人はそもそも弱いという「性弱」という説もありますし、自分自身に厳しくなることはよほどの意思が求められます。
だから、ボクは誰かの「挑戦」を応援する仕組みを作りたいと思っています。

誰かが「挑戦」を宣言する。
周囲の仲間はその挑戦に関心を向け、一生懸命応援する。
大きなものでなくても、ほんの小さな取り組みであっても、今ない何かに取り組むことはすべてがチャレンジです。
宣言をすることで、自分自身に「厳しさ」を向けることができるように。
そして、その挑戦がまた周囲の人に伝播して、互いに自分への「厳しさ」を支え合うことができればと思っています。

一生懸命は共振するもの。
一生懸命頑張っている人を目の前にすると、自然と一生懸命応援したくなりますし、一生懸命応援されたら自ずと一生懸命頑張ろうと思うのが人間の良心です。

誕生日の前日に、ソウルメイトとの問答の中でその気付きを言語化することができました。
またひとつ年を重ね、新しく始まったボクの一年を、これまでで一番勉強し、これまでで一番たくさん挑戦し、これまでで一番たくさん人と関わり、これまでで一番たくさんの人のチャレンジを応援し、これまでで一番人と笑い合い、これまでで一番善い仕事をしようと、そんな覚悟で迎えました。

ソウルメイトとの学びに泣き、従業員やたくさんの人たちと楽しく大騒ぎする。
そんなふうに両極端を併せ持ち、日々を一生懸命生きます。
今では「大騒ぎ」はみんなで創ったハウツーホームの大切な文化となりました。

何か私たちでお役に立つことがあれば、お手伝いさせてください。

代表取締役 吉川昇一